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インド(ラダック2002):ワンラ
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□期間
2002/3/13(1日間)
□宿泊地
テント 1泊 50Rs(宿泊施設はないが恐らく頼めば民泊は可能)
□移動
僕は歩いてラマユルから行ったがバスでもいける。旅行人の情報は古い。帰りはこのバスでレーに戻ってきたのでワンラに一泊しか出来なかった。
レー → ワンラ 日、木8時
ワンラ → レー 月、金8時
歩いてワンラ♪
ラマユルから歩いてワンラへ。ラマユルで髪を洗ったのち10時半にラマユルを出る。天候は曇りでそれほど暑くはない。川沿いにワンラに行ったら近いかと思ったがそうでもないし、途中で滝などがあって無理。無駄な時間を過してしまった。歩くのは川の左側(車道側)。右側は無理。

この黄土色の道を少し通ったら車道に出て、それ以後車道を進むのが正解。頑張って川沿いに進むと悲惨なことになる。

九十九折の坂道を下る。ここでショートカット。荷物が多いのでバランスを崩さないように。。。途中に奇妙な岩が…どうしてこんな形になるんだろう。

ここがちょうどカルシから来たときのワンラ方面とラマユル方面の分かれ道。ちょっと一休み。普通に道を間違えなければ、ラマユルからここまで2時間くらいか?

上の分かれ道からワンラまでも結構長い。平坦な道をすすむ。あの角を曲がったらワンラが見えるのか。と何度思ったことか。途中ラダッキに簡単に抜かれた。突然後ろから大声でジュレーと言われたもんだから驚いた。寿命が縮んだよ。

16時半ワンラ着。みんながお出迎え。
テント場

旅行人には川の対岸と書いてあったけど、メイン道路沿いにもあります。1泊50Rs。トイレもある。

テントの中はこんな感じ。夕食は白米に親子丼ダブルでかけていただく。明け方はマイナス15度くらいだった。
ワンラの町

ワンラの町自体は非常に小さい。売店は一軒のみか?トイレットペーパーがないもんだから歩き方の後ろの方のページを破って使ったよ。チョコレートなどもない。この町の特徴は子供の数が多いこと。どっからそんなに出てくるのか分からないけど次から次から出てきた。丘の上にはこの町のシンボルでもあるゴンパとカルがある。
ワンラ・ゴンパに行ってみる

息を切らしながら石段を登る。ラカン前は広場になっておりおばあちゃん達がおしゃべりしていた。

子供たちも元気に遊んでいる。

ラカンでお茶をご馳走になる。ちょうど明日は祭りということでゴンパ前で準備をしていた。見てみたかったけど、バスの本数が少ないので泣く泣く諦めた。

ドゥカン。旅行人には1220年ごろの創建もしくは建築をある。1996年のロンプラIndianHimarayaの表紙にもなった風景。この写真写し方悪いけど実際にはもっとすごいよ。なんだか印象的な雰囲気でした。中身の方も素晴らしい。古さからくるものかわからないけど迫力がある。ただ隣のカルが崩壊状態なので写真を撮るのは結構危ないかも。

高台のゴンパからツァンパ投げ。理由は不明。ツァンパを円盤状に形作って投げる。結構飛ぶもんで数百メートル飛んでいた。

町から見たワンラカルとゴンパ。標高がそもそも高いので登るのは大変。

レーに戻る


次の日の朝、テント場の主の家でバスが来るまでお茶をご馳走になる。お茶の脇にあるのはペコルというもの。いわゆる麦焦がしですな。この地方のどこにでもあるように居間には多くの食器が並んでいる。部屋は電気がなく、窓も小さいので薄暗かった。でも室温も雰囲気も暖かった。

お茶をご馳走になった家の外から。バスは9時20分に来た。

途中、道が雪に埋まっていてみんなで雪かき。ワンラとラマユルの分かれ道まで何箇所かこのようなところがあった。レーには15時着。
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